前回、弱さの中にあって、いえ、弱さゆえにご自分の「beingが愛おしい」と話される方のbeing(存在)そのものが、ずしんと伝わってきたとお話ししました。実は、これをある会でお話ししたところ、一人の方がこうおっしゃいました。

「自分も耳が見えなくなって、できないことが増えてきて、はじめはどうして自分にこんなことが…と悔しくて悲しくてもがいていた。けれども、今日の、自分のbeingが愛おしいという言葉にものすごく感動した。自分には、そう言い切れる強さはない。けれども、耳が見えない現実とそこから起こる不都合にばかり目を向けるのではなく、どんな状態にあっても自分はかけがえのない存在であることをもう一度見直していきたい」と。

being…普段は意識しないことですが、実は、私という人間は、世界にたった一人だけのかけがえのない存在です。そして、それは、doing(できる、できない。ある、ない)の比べられる世界とは全く次元の違う、尊いものであるということを覚えたいと思います。そしていつか、森口先生のように「相手のbeingが愛おしくて…」と言えるようになりたい。改めてそう感じています。そのためにも、まずは自分を愛すること。どんな惨めな自分でもどんなに人から批判されようとも、それは私という存在(being)を傷つけることはない。そういうところを繰り返し修練して生きたいと思っています。

明日は東京での最後のしゃべラボです。皆さまのお越しをお待ちしています。