ズルいの奥にあるもの

皆さんは、どんな時「ズルい」と思いますか?

ある時、「私の中のズルいと思うこと」というテーマで話していただきました。出るわ出るわ。。。同じように並んでいるのに、隣のラインの方が早かった時。あっちのケーキの方が大きかった時。一人だけずっと喋る人がいる時。。。

「ズルい」と思ったことを話し終えると、なぜそんなにも腹を立てるのかイライラするのかという理由に思い当たり、そこにある、その人の価値観や大切な思いと出会う瞬間が来るのです。最初に出た、「あっちの方が早い」も「ケーキが大きい」も「喋る」も、すべてに共通することは、『私を大切にしてほしい』という気持ち。存在への承認なのです。人は皆、「誰かに認めてほしい」「ここにいることに気づいてほしい」のだとつくづく思わされます。

私の「ズルい」は、いつも同じ人がほめられ、その人の名前が何度も言われる時、「いやいや、私だって頑張っているのに」「私の事は、見えないのか」「名前すら知られていないのか…」そんな気持ちになるのです。そして、「あの人ばっかりズルい!」と僻んでしまう。これも「承認欲求」「存在不安」。自分で自分を認めてあげて「それでいいよ」「大丈夫」と言ってあげればよいものを、自分で言わずに人に求める。そこには、自信がない私がいます。人と比べなくていいのにね。私は私でいいのにね。「ズルい」の奥にある「ここにいるよ!」という叫びに、よしよししてあげたいです。

「ズルい」の奥には、そっと後ろに隠れている自分の気持ちがある。自分の本音は、やっぱり宝物だなと思わされます。あなたの「ズルい」はなんですか?