理想の自分

「ありのままの自分」とはなんだろう。と話し合いました。「今ここ」の自分がありのままとか、自分の奥にいる本当の姿のことだろうとか。それにしても、ありのままの自分ではダメなのではないかとか、なかなかの白熱ぶりでした。

私たちは、『こうありたい自分、理想の自分』を掲げて、努力していきます。それも素晴らしい。その努力のおかげで、様々なことができるようになり、人からも評価され、認められます。そして私は、それで挫折したことがあるのです。

よき教師、よき娘、良き人。そんな理想の自分を描きつつ、それに向かって邁進して生きてきました。それができているうちは良かったのですが、それがあまりに大きくのしかかってきたのです。今から20年近く前、仕事をしながら母を介護し、妹の遺児を気にかけて生活していた頃のことです。息つく暇がなくなり、考えがまとまらなくなり、起きているのか眠っているのか分からなくなりました。つまり、ストレスフルでオーバーワークな状態です。あまりにしんどかったので、限界を外し、考えることもやめました。すると、不思議なくらい動けるようになったのです。

今思うに、限界を超えるまでは、理想の自分を追い求めていた。そして、それができない自分を責めていた。「ダメじゃないか。もっとがんばれ」って。やがて、そういう言葉をかけるのさえしんどくなって、何もかも嫌になった。理想も何もかも捨てて、ただ倒れるまで突っ走ったのです。「死」に向かっていたのかもしれません。

理想の自分は持っていていい。それに向かって努力することも素晴らしい。でも、私たちは人間です、限りある人間です。スーパーマンじゃない。だから、努力してもできないこともあるし、手が届かないこともある。その現実を受け入れた時に、自分を責めるのではなく、「できなかったね、悔しいよね。でも、よくがんばった。よくやったね」と自分に声をかけてあげられるようになったのです。その、できない自分に「それでいいよ」という温かいまなざしを向けることが「ありのままの自分」を認めることかもしれないな。秋の空を見あげながら、そんなことを思う今日この頃です。だって、人のための人生ではないんですもの。人の目を気にするばかりでは、幸せにはなれないよ。

空はきれいだし、月も美しいよ。虫は、その小さな命を精一杯輝かせながら鳴いているよ。ちょっとひと息いれてみませんか。

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