長年、私の中に巣くっていた「居場所がない」という思いは、あれ以来、うそのようになくなりました。こんなにあっさりなくなるものかと驚いたり、この偽物の感情に長い間振り回されていたのかと思うとバカみたいに思えてきたりします。

ラケット感情は、自分で決めた感情なので、自分が「NO」と言えば解除される。と言われます。ところが、何度NOと言っても、ひたひたと迫ってきて、いつのまにか私を侵食してしまう。そんな感じがしていました。ではなぜ、そのしつこい感情が一気に融けたのか。

思うに、お互いに、時を待っていたのかも。私の方は、「いい加減にしたい。でも、なじんだ感覚を外すのはちょっと不安」とぐずぐず引き延ばしていた。ラケット感情の方は、「なんだか外されそうな気配。でももう少しは、へばりついておけそう」。そんなギリギリの状態でいたのかもしれません。そこへ叔母が風穴をあけた。おかげで双方の気が済んだ。私の方は、振り回されることに「気が済んだ」。相手も振り回すことに「気が済んだ」。なんてね。

嫌だと思いながらも慣れ親しんだ状態がなくなるのは、なかなかしんどいものです。でも、私たちは、過去に生きているのでも未来に生きているのでもない。「今ここ」に存在している。私という人間は、命与えられて、「今ここ」に存在する。そう思うと、なんだかちょっと敬虔な感じさえしてきます。それくらい、私たち一人ひとりは、誰とも比べられない、何物にも代えがたい、唯一無二の大切な存在なんですね。

ラケット感情には、「自己憐憫」「怒り」「劣等感」「憂うつ」「恨み」「不安」「孤独感」「緊張感」‥…などなど本当にたくさんあります。それを選んだ時には、そうせざるを得ない状況があったのだと思います。が、しかし、ない方が楽に生きられる。んだな~。