最近、右ひざが痛むのです。立ち上がる時、すっと立てない。階段の上り下りが痛い。それだけで、「このまま歩けなくなったらどうしよう…」「どこにも行けなくなるのかな…」とつぎつぎに不安が浮かんできます。そう。私は、ほんの些細なことに揺れるのです。にもかかわらず、自分がやがて死ぬということは、全く意識していません。これは、100%間違いない事実であるにもかかわらず。

『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』という本の中で、樋野興夫先生はこう言われます。 ー私たち一人ひとりに与えられた「命」がそうであるように、「死」も私たちの一部です。どのような最期を迎えるのか。私たちの人生には「死ぬ」という大事な仕事が残されています。いい人生だったか、悪い人生だったかは、最後の5年間で決まります…。ー さらに、「常に人生最後の5年間であるかのように全力で生きる。」と言われると、改めて、今日が最初で最後の日なんだなと思わされます。この言葉には、潔さや覚悟があります。「今日死んでも悔いはない。」という覚悟が。

お葬式には、その人の人生が映し出されます。人とのつながり方や、何を大切にしてこられたのかも感じます。私のお葬式は、どんな感じになるのかな。こそっと見てみたいな。膝の痛みを通して、ふだんは意識しないことに思い巡らせるチャンスを与えられているなんて、この痛みも感謝なんですね。とはいえ、「できる早く、この痛みを、完全に取り去ってください。」5年後のSGPを思いながら、そう祈っています。

「人生の最後に残るのは、集めたものではなく、与えたものである」という言葉がありますが、今日生かされているということは、与えるチャンスをもらっているということでもあります。笑顔とかやわらかい言葉とか、今の私にできることを模索していこうと思う私がいます。人から与えられ、励まされているからこそ、その潤いが分かる。そして、それを次に送ることができる。これも「今日」が与えられているからこその幸せですね。

暑中お見舞い申し上げます!!ご自愛ください。