うつ日記。原点。

こんにちは(*^o^*)先生元気プロジェクトの籠井です。

なぜ、「先生元気プロジェクト」を立ち上げたのかを、関西弁で書いてみました。なぜ関西弁かって?そりゃあ、その方が臨場感溢れるからです。例えば。。。

『あんなあ、あんたら、目に見えへん病気で休むのが、どんだけしんどいことか知っとるか!結婚とか出産とかは、祝い金も出るやろ。しかも、みんなに喜ばれる。笑顔満開や!目に見える病気も休みやすいでぇ。見えるっつうのは、同情してもらえるんや!それに引きかえ、精神疾患。今でこそ理解されつつあるけど、私が休んだ頃(2004年夏)は、忌み嫌われとったんや。恥や!隠せ!ってな。日陰の病気や。』

みたいな感じで。自分のフィルター満載、思い込み丸出しで、言いたい放題。とにかく酷い。でも、あの時の正直な気持ちを思いっきり書き出していくうちに、最後には、「教育は未来を創る仕事」「今ここ、の子どもとの時間は、未来と繋がっている」というフレーズが出てきたのです。「人と人が出会い、紡ぎ出す世界を、彩り豊かな美しい色にするのも濁った色にするのも教育の力や」って。こんな事考えてたんや・・・と自分にびっくり。でも、きっと、これが、私が教師であり続けた原点なのだと思いました。

うつの時、テレビの岡山版で、自分が担任した子どもたちが写った時のことです。どの顔にも見覚えがあるのに、全く名前が思い出せませんでした。あの時の悲しさ。自分の頭は空っぽになってしまった。もうあの子たちの所には帰れない。涙が出ました。どんな状況になっても、子どもとのふれあいを求める私がいました。今、私は、そういう未来を創るお仕事に携わっておられる先生方に、ゆとりある、温かい心のふれあいのある学校現場で働いてほしいと心から願っています。やっぱり『教育の力』を信じているのです。だから、支援をさせてください。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。いつかお目にかかれるのを楽しみにしています。

追伸・・・なぜ教師になったのか、あなたの原点を教えてください。書き出すと気づきがありますよ。

「うつ日記。原点。」への2件のフィードバック

  1. その後、いかがお過ごしですか。精一杯だからこそ、悩み苦しむのです。そして、精一杯のそのひたむきさが、誰かを救うのです。でも、時には、愚痴を吐いてください。息を吐いてください。「息を抜いたら、生き抜ける」と言います。SGPはお待ちしています。

  2. 鈴木 朋代

    私が教育の現場に立ったのは、自分の子どもの教育のため、経済的な理由からでした。大学を卒業して20年以上たち、ダンボールの中にしまい込んだ免許状を出して、非常勤講師の試験を受けました。それから8年が経ちますが、仕事をこなすのが精一杯になっています。

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