「共感している時は、心に「余白」があるときだと思うんです」。5月のSGPセミナーで、そう言いました。その「余白」という言葉を、樋野興夫先生の『種をまく人になりなさい』という本の中にみつけました。そこでは、こう綴られていました。

余白という表現を少し変えれ、「脇を甘くする」ということでしょうか。相手に付け入る隙を与えることが、本気で交わるには必要です。この姿勢さえあれば、憎しみも対立も避けることができるでしょう。……こちらが隙を見せれば、あちらも隙を見せる。これは人間関係の変わらぬ鉄則です。「付け入れられても、いいや」と思えば、気持ちはずいぶんと楽になります。私は、それを実行しているにすぎません。

漫画家の水木しげるさんは、派兵された戦地のオウムの美しさに見とれて帰営が遅れ、そのおかげで一命をとりとめたそうです。当時の軍隊ではビンタものですが、今の私には、とても素敵な逸話です。この「余白」について、樋野先生はこうも表現されています。

――この余白こそがその人の本性であり個性です。その場所からしか、人生の目的は見えてきません。その場所で、個性も花開くのです。――と。

心の余白は、時に緩衝材になったり、エネルギータンクになったりします。余白には、何もないように思えて、その実、人生になくてはならないものが詰まっていそうです。