「ラケット感情」とは、「偽物の感情」と言われています。例えば、「怖いよ~」と言うと「それぐらいで泣かないの」と叱られる。平気な顔をしていると親や周りの人から受け入れられる。そこで、怖いことや不安なこと、嫌なことがあっても、平気なふりをすることがいつしか身につき、「怖い」という本当の感情を押し隠して、「平気」という偽りの感情が、代用として定着するのです。交流分析の杉田峰康先生は、これを「あなたのだ~い好きな、嫌~な感情」と表現されますが、言い得て妙です。

私の場合は「居場所がない」。これが子どものころから身についた「ラケット感情」です。一番幼い思い出として思い出すのは、父のあぐらの中には妹が、母の横には兄がいて、私は、「あれ?私の居場所はどこ?」と泣きべそをかいた記憶です。以来、事あるごとに「居場所がない」を感じて生きてきました。そして、いつしか私の中には、「居場所がない」が当たり前の顔をしてどっかりと定着していったのです。どこにいっても私には居場所がない。偽りの感情とはいえ、これがなかなかの曲者で、まるで本来の感情であるかのように私を襲ってきます。そして、時には周りを恨んだりひがんだりして、人間関係を壊すことさえあります。本当に怖い話です。偽りの感情ですから、「これは違う!」と決別すればいいと頭では分かっていても、古い習慣はなかなか外せない。ついついそこへ戻ってしまう。何度も何度もその罠にはまり、ぐるぐる回っていました。

ところが、先日、叔母のひとつの動作から沸き起こった自分の感情を手繰り寄せていくと、根っこにあった「居場所がない」とリンクしていき、それを外すことが出来たのです。「私は、今ここに存在する」。「私が今ここに存在することだけが大切」と。人の中の居場所は、関係なくなったのです。話せば長くなります。でも、「ラケット感情(偽りの感情)」に別れを告げることは、自分を生きる確かさにつながるということは、はっきりと宣言できます。

ネットでも検索できます。ご自分のネガティブな「ラケット感情」にNOを言って清々しく生きていきましょう。