先日、2時間ほど時間が空いたので、山に向かってドライブしました。一面田んぼだった風景が、ある地点を境に険しい山になり、サルも出てきて、ふいに屋久島を思い出しました。

人には、その人の大切にしている風景があると思うのです。私の場合、一つは屋久島。それはそれは濃密な空気が細胞の一つ一つに沁み込んでくる、皮膚感覚の風景です。もう一つの大切な風景は、現在『沢田の杖塾』として使っていただいている実家の台所。そこでコロッケをあげている母の斜め後ろからの姿が、ふとした時に蘇るのです。油のはねる音と揚げ物のにおい、ジャガイモのほくほく感も口の中に広がります。なんとも幸せな原風景です。

それが幸せなことだと感じたのは、母が亡くなってしばらく経ってからのこと。かつて母が立っていた台所に、他の人が無造作に入ってガサゴソと調理器具を探し始めた時に、それまで感じたことがなかった感情が沸き起こったのです。「勝手に触らないで」。初めて気がついた母への思慕です。母の台所は、私の聖地でもあったのです。

大好きだった母を、いつの間にか大嫌いになりました。自分の願望を押し付けてくるから。私は母の代理ではない!という反発心がありました。ずっとずっと。。。

それを大切な風景として思い出すということは、いつのまにか母を赦していた?いいえ、心の奥底では、好きなまんまだったということなのではないでしょうか。

わずか2時間のドライブは、さまざまな記憶を呼び覚ましてくれました。たまには時空を超えるのもいいですね。