『共感能力』は育ちます。

私は、ずいぶん長い間「共感能力」は持って生まれた持ち味だと思っていました。ところが、先日、共感能力は育つと言われてびっくり。けれども、自分を振り返ってみると、そのための努力をしていることに気がつきました。

私は、ごくごく普通の家庭で、ごくごく普通に育ちました。それは、一般的には幸せなことなのだけれども、深い心の傷を持っている方のお話に添えない自分を感じるたびに「これじゃダメだ。これじゃダメだ」と自分にダメ出しをしていました。唯一、自分に「今、どんな感じ?」と問いかけながら自分で自分に添う。これのみが私の頼みの綱でした。やがて、その自分に対して、引き上げるでもなく引き下げるでもなく、ただありのままそのままで「そう思うんだね」と声かけをする。すると、安心するのか、次なる自分の弱さが出てくる。「そうだよね。それでいいんだよ」とそのまま声をかける。ただただそれを繰り返していくのです。私には、その方法しかなかったのです。けれども、この自分の心の『鏡になる』ことが『共感能力』と関係していると教えていただき、目からウロコ。何とも言えない安ど感を感じました。そう。それが私ならではの方法だったのです。

『共感』は「傾聴」を上質なものにします。と書かせていただきましたが、自分への傾聴は、自分への共感能力を育て、やがて人への共感能力を育てていく。なんとも魅力的です。『共感能力』は育つのです。