イラっとするとき

今週は、様々なところでレクチャーをさせていただきました。そして、人は自分の事は分からないものなんだなという味わいを何度かしました。

あるレクチャーをした直後のことです。「先生の授業にイラっとした」と言いに来られた方がいらっしゃいました。実はこれ、その人の何かに触れているからこその反応なのです。その方の言い分は「決めつけられるのが本当に嫌だ。思い込みで話すのはやめてくれ」というものでした。その方の展開される話は、なるほどと思う部分もありますが、思い込みからくる発言も多くありました。また、奥さまの受け入れがたいところをあれこれ言われた方がおられましたが、その方にも同じようなところがあるなと思いつつ、自分の受け入れていないところが人に映し出されて反応する『投影』という言葉を思い出しました。分かっているようで分からないのが自分、とはよく言ったものだと改めて感じました。(かくいう私も同じです)

「自分を知ること」そして、「その自分を受け入れること」。これは、自己受容の大切なステップです。「イラっと来たらチャンスです」と言われますが、イラっとしたところに、まだ出会えていない自分がいると思うとどうでしょう。人は、受け入れやすいところから受け入れているわけですから。まだ受け入れていないところというのが、実は、輝く宝のありかだと知っているだけでホッとしませんか。

今年のテーマは『自己受容』。私自身も、自分点検をしながらの日々です。(けっこう自分には甘いです)自己受容は、時にしんどいこともありますが、その先には必ず解放感があります。ホッとしながら心癒されていく2020年の歩みを、ぜひ、ご一緒しましょう。

「イラっとするとき」への1件のフィードバック

  1. 藤田 千明

    『自己受容』、一生の課題だと思います。
     自分のことは一番、自分がわからないものですね。

     インターネット回線の電話料金の請求が母のところに
     毎月、5000円ほど来ています。
     父が半年前に亡くなって、インターネットの契約を打ち切った
     にもかかわらず、電話料金は別会社の契約で、父が料金が安くなると
     思って契約したものですが、請求書には問い合わせ先の電話番号などが
     なく、会社名をネット検索してようやく解約手続きを問い合わせして
     解約の書類を郵送してもらいました。しかし母はインターネットのことが
     わからず、遅々として処理が進まない。それでも毎月、請求がきて
     「またきたよ~」と、わたしにいうので、私はめちゃくちゃイライラします。
     わたしのなかで、自分の思ったように物事が進まないと
     不安になるし、どうしたらいいかわからない・・・そんな感情が
     出てくるんだろうなと思いました。 不十分で弱くて何もできない自分
     そんなコンプレックスも出てきたりして・・・それでも私は私かな。
     ありがとうございます。コメント書いて自分の感情を少し整理できました。

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