うつ。私の場合。

こんにちは(*^▽^*)先生元気プロジェクトの籠井です。

私は、2004年8月から2年間、うつで休職しました。2002年9月23日、2年間に及ぶ癌との闘いを終え、妹は天に召されました。その6時間後、母が脳梗塞で倒れ、以後、仕事をしながらの介護生活が始まりました。とはいえ、妹のお葬式の日に脳出血を起こし意識不明になった母は、意識を取り戻してからも、血栓が詰まったり心臓に異変が起こったり、と救急車にお世話になる日が2年ほど続きました。そんな春のある日、笑えない自分に気がついたんです。「周りの人は楽しそうなのに、私は笑えない。心が動かない。なんで?でも、身体は動くよ。なぜ?」その疑問をある方にぶつけてみると「仮面うつかもしれないね」との返事。この言葉を「うつっぽいけど、それはうつっぽさの仮面を付けているだけ。大丈夫」と勘違いして受けとった私は、そのままの日々を続けました。

「笑えない自分」に続いて気がついたのは、「選べない自分」「ミスする自分」頭痛、だるさ、眠れなさなどもありました。そして8月のある朝、どうしても起き上がれなくなり、精神科を受診しました。「こらーる岡山診療所」の山本昌知先生は、「今すぐ診断書書くよ。あなた、バランスを崩してきているよ。休もう」と言われました。しかし、休みたいけど休むと負けだと思っていた私は、思わず、「先生!ここで休んだら、必ず学校に戻れますか?」と叫んでいました。昌知先生は、私の顔をしっかりと見て「大丈夫。必ず戻れる」と答えてくださいました。あの力強さが、怯えていた私に、休む勇気をくれました。その前に、泣きながら家族の死や介護の苦しさを語る私の話を、ただただ黙って、たっぷりと聞いてくださった昌知先生の温かいまなざしが私の心をとかしてくださったことは間違いありません。まさに、「塊がほどかれた」時でした。

次回は、休職し始めの頃の様子を書いてみます。ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

※仮面うつ・・・『自分でも気づかないまま精神的に追い込まれ、身体は悲鳴を上げている状態。専門医でも間違えるほど、「まるでうつ病が他の病気の仮面を被っているかのように見えてしまう」ことから名付けられた。』そうです。